流れを汲みて源を知る

2020/12

 お日様の光は雲を作り、雨を降らせます。大地に注がれた雨は小川となり、小川は合流して大河となり海へと帰ります。生命(いのち)は生まれ、他の生命を取り込み、やがて死にます。骸は大地を作り、生命の糧となります。

 

 生命は一つでは生きてゆくことは出来ません。生かされて生きるこの生命は、たくさんのおかげさまがあり、それは自然の理(ことわり)であります。

 

 しかし、おかげさまこそ自然の理であるはずなのですが、その不変であるはずの理が崩れてきているのが現代社会のようです。親が子を子が親を殺めてしまう考えられないニュース、「誰でもいいから殺したかった」という通り魔的犯罪が驚きではなくなってきました。多くの人々は、このありえないニュースを聞くたびに「またか」と思い、「怒り」や「悲しみ」「驚き」等の感覚が麻痺してきています。理を外れた私達は何処に向かっているのでしょうか。

 

 汲流知源(きゅうりゅうちげん)=「流れを汲みて源を知る」とあります。結果を見てその原因を推定することを意味した仏教語ですが、現代社会の混沌の原因は、明らかに思いやりの欠如であります。独りの者に声をかける思いやり、相手のために叱る思いやり、自暴自棄にならない自分の心に対するおもいやり。人間の価値感情、つまりは心を養うための情操教育こそ、今私達が取り組まなくてはならない最重要課題であります。

 

 景気回復や経済の建て直しも良いのですが、私達は足元をしっかりと見据え、人間としての心のあり方を、もう一度見直す必要があるようです。


(谷口 明信)